良い作品には心で育む楽しさがある。
「自分の好きな映画は終わった後も自分の中で育っていくもの」。
もうリンクも思い出せないぐらいの、少し前に読んだある映画監督のインタビューに非常に共感しました。
思えば、生まれてからこれまで、沢山のジャンルのエンタメを楽しんできたように思います。
絵本、小説、戯曲等の文学、漫画にアニメ、映画、ドラマ、演劇、美術鑑賞、ゲーム、スポーツ。
わたしを駆け抜けた、たくさんの作品、たくさんのドラマ、たくさんの楽しかったこと。
その中で楽しめた作品、今でも大好きな作品(もの・こと)と忘れ去ってしまった作品(もの・こと)とは何が違うんだろう…?
その問いにこの言葉は答えてくれた気がしました。
演劇にしろ、音楽にしろ、美術にしろ、読書にしろ、スポーツにしろ、じぶんの中でいまもずっと残り続けているものは、「じぶんのなかでその作品(もの)を育てているのではないか。」そんな思いが生まれました。
思いを反芻し、振り返る、ああ、あの作品のあそこ、あの時はわからなかったけど、今はわかる、と、時を経て思い出す作品もあります。
例えば、わたしは高校時代中島敦の『山月記』を読み、かなり衝撃を受けたのですが、高校時代と、20代と、今と、あの主人公に対し感じるところは趣きがだいぶ違います。高校時代教科書で読んだ『山月記』と、青空文庫(今は無料で読めます)の電子書籍で読んだ『山月記』、文庫本で読んだ『山月記』、世田谷パブリックシアターで野村萬斎が演じたのを観た『山月記』、これもまた全部感じることが違う。
古今東西あらゆるジャンルの名作の多くは、この条件を満たしているように思えてなりません。
これからも
出会いたいな
じぶんのなかで育っていく作品に
そんな作品との出会いを想像すると、なんだか春の陽気のように胸がおどってしまうのです。
ナギナリコでした。